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| 彼はそれでもradiusなのである なまじThunderColor等が装備されていなくて良かったのかも知れない? |
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| PowerPCの普及が進んでいた中、当時の私はPowerBook520を駆ってネットの波をかき分けていたのである。そんなおり、旧友が初めてのパソコンにPowerPCのMacを買ったことから私もPowerPC化を決意。動機なんてそんなものであった。 バイトもろくにしないぐうたら学生だった私には潤沢な資金など望むべくもない。自ずと目が向いたのは普及クラスの互換機である。互換機全盛期の当時とはいえ、20万円を切る価格帯ではUMAXのApus、そのOEMのradiusC500ぐらいのものだった。 radiusといえばグラフィック分野で名声をほしいままにしていたブランドで、モニタ・グラフィックカードに留まらず、当時はマルチプロセッサ搭載の最強グラフィックシステムまで手がけていたのである。 そんなradiusの製品が(たとえ中身がApusと同じものだとしても)私の手に入るなんてまさに夢のようである。 そしてろくでもない煩悩だらけで買ったradiusC500は、私に世の現実と言うものを痛烈に教えてくれた機械であった。 フェイスパネルにはUMAXとsuperMacのロゴがあしらわれていて、radiusのロゴは何処にも見当たらない。 radius社の説明によると、日本国内ではradius社のブランドロゴとしてsuperMacを使っているのだそうな。彼の地台湾ではUMAXのブランドロゴとしてsuperMacが使われているのにである。あまりの事実に私は必死になってradiusの名前を探した。果たして唯一発見できたのは、製品の構成をチェックするための表がステッカーで底板に貼り付けられていた。radiusのロゴマークこそなかったが、radiusと明記されているステッカーが貼られているのである。夢のようなradiusの機械は、まさにただの夢だったのである。 だが、たとえ本体のグラフィクス機能がお粗末であろうが、ATIのグラフィックカードを差していようが、ロジックボードにUMAXと印刷されていようが私にとって彼はそれでもradiusなのである。 時は流れ、セカンドMac、ゲーム用Mac、非常用予備機と閑職に追いやられていた彼も、G3化とHDDの換装、それにFANの静穏化を施されたことで今やメイン機の座に返り咲いているのである。 どうもこの機械との付き合いは長くなりそうだ。 |
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