akatsugu side | |||
PowerBookに捧げる鎮魂歌 ともに生きる喜び、相手を失う悲しみ。そんな事も教えてくれた |
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わたしのはじめてのMacである。 この時の私は、無謀にも保証無しの中古を買っている。無知だからこそ出来た暴挙であろう。 感覚的には中古のMIDI楽器を買うようなものだったのかも知れない。 もっとも、ワープロを買うと言って親から援助してもらった手前、ブックタイプにこだわらざるを得なく、選択肢は非常に少なかったのも確かだ。あの頃はMacもBookも高かった。大枚はたいて買ったPB170に、最初に買ったソフトはワープロではなく、VisionというMIDIシーケンスソフトだった。なめたものである。そのソフトは5万円という値段が付いており、当時の私の財政状況からいって、清水の舞台からバンジーをするような覚悟が必要だった。 そしてそのゴムは切れた。 Visionの心躍らせる多彩な機能はマシンパワーを喰らい尽くし、操作に支障を来たすほどだった。再生を始めると思う所で止まらない。ストップボタンの受け付けすら機敏では無かった。また、大物シーケンスソフトの中で唯一日本語ローカライズされていたと言うことでVisionを選んだのだが、トラック名などに2byte文字を使うと文字化けして、揚げ句の果てに書類が壊れたりもした。他にも、私の熱いハートを揺さぶった同梱ソフトGalaxy(MIDI音源音色データ管理ソフト)は、Visionとコンフリクトを起こして落ちまくるという悲惨さ。かといって交互に立ち上げて使うというようなソフトでは無かったのだ。 さらにマルチトラックレコーディングに対応していないのだが、それは設計思想の違いなのだろうか。 やはり私にはMC−50(ローランド社のMIDIシーケンサー)が良く似合うとおもった。 プロと同じものを使ったからと言って、プロと同じことができるというものでもなかった。 まぁそういう事だったのであろう。 Visionには泣かされたが、PB170本体には大変満足していた。そして私を鍛え上げてくれた機種でもある。何度もシステムを壊した結果、システムフォルダの構成を覚えるまでに成長したり、マニュアルを見なくてもソフトの使い方を覚えたり、改造の楽しさを覚えたり、自己責任の厳しさを教えてくれたり、秋○館の鎌田店長のオコトバで改造のなんたるかを体得したのもこのBookのおかげだった。 そして最後に一番大切なことを身をもって教えてもくれた、Macを失う悲しさを。 |
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